人の意見や提案に対して、頭ごなしの否定や安直なダメ出しをしない。これは、われわれフィールドフォースにおける社内ルール。規約に明記しているわけではありませんが、全社員で共有する“暗黙のマナー”です。もはやそれも、ひとつの社の伝統と言っていいのかもしれません。
そういう風土もあればこそ、毎月3つから4つの新アイテムを市場に投入できている。さらには、創業から17期連続となる増収増益にもつながっている。私はそのように自負しています。
すべての物事が社長の一存で決まるとか、社長の一言で「白いものが黒」に覆るような体質ではありません。現に会議の中で、社長である私の考えや意見が、すんなりと通らないことも珍しくはないのです。
前回のコラムの最後に触れた新規事業『ギアフォース プロジェクト』(➡こちら)もそうでした。私の発案に対して、100%の賛同は当初は皆無に等しく、異論が噴出。しかし、私にはそれがうれしくもありました。冒頭の社内ルールの浸透を改めて感じるとともに、会議メンバーたちの異論からブランド愛や企業愛のようなものを汲み取れたからです。
ギアフォース プロジェクトとは、野球トレーニングギアの開発におけるアイデアや商品化のノウハウを活用し、異競技のトレーニングギアも開発・販売していくこと。経営理念でもある『プレーヤーの真の力になる』というのが大義名分です。
社名であり、ブランド名でもある「フィールドフォース」。これは2つの単語「フィールド(field)」と「フォース(force)」をつなげた造語。「フィールド」とは、野球場やグラウンドという意味に加え、広義では自社工場や取引先や全国の野球チームなども含む、と定義しています。そして「フォース」とは、力・勢いという意味。要するに、フィールドの人々のパワーや活力源になる! との想いが社名とブランド名に込められています(※関連コラム第11回➡こちら)。
「平日練習の市場」を開拓したフィールドフォースは、10数年を経た今日もパイオニアとして先端を走り続けています。野球用具のメーカーとして、トレーニングギアの開発・販売メーカーとして、球界内で広く認知されてきているところです。
それなのになぜ、野球以外にも手を広げないといけないのか。他競技の商品に着手することで、せっかく根付いてきたブランドイメージが変わりはしないか。やるならば「フィールドフォース」とは別のブランド名、たとえば「テニス・フォース」や「ゴルフ・フォース」などにしてはどうだろうか…。
私が提案した「ギアフォース プロジェクト」に対して、当初に社内から出た質問や異論の多くがそういうものでした。聞いていた私はついに、憤怒の相で声を荒げてシャットアウト! などするわけがありません。確かに、どの意見も異論も一理あるなと正直に思いました。
もしも、スポーツやトレーニングギアとは無縁のジャンル、例えば飲食やITなどに唐突に進出すれば、ブランドイメージの失墜では済まないことでしょう。早々に尻尾を巻いて撤退するのがオチ。すでに成熟している巨大なマーケットに、新参者が食い込むのは至難。価格競争でも大手にはまず、勝つことはできません(※関連コラム第7回➡こちら)。
ではなぜ、野球以外の競技にも手を広げるのか。私には経営者として「現状維持=衰退の始まり」という信念があります。これは著名な学童野球チームの監督の言葉ですが、聞いたその日から深く共鳴しています。
競技人口が減っているとはいえ、日本においての「野球」はひとつの文化。廃れて消えてしまうことは、100%ないでしょう。ただし、その業界内で「平日練習市場」のパイオニアという地位を堅持するだけでは、組織も社員も成長はない。未来も危ういかもしれない、と私は考えています。
もちろん、市場規模の縮小で社の業績が落ちているわけでもありません。前年比の増収増益は、第18期にあたる今期も達成の見込みです。では、それでもなお、異競技に進出する理由は何なのか。
それは、フィールドフォースが追求してきた技術や蓄積してきたノウハウは固有の武器であり、大きな財産でもあるから。そしてそれらは異競技用にも転用できる、という算段と自信があればこそ。現にここ2年あまり、野球以外の競技からの引き合いが後を絶ちません。前回のコラムで触れた「カヌー競技」もそのひとつ。他競技用にリメイクして販売している商品も実際にあったりします。
プレーヤーとは、野球という競技にだけ存在するものではありませんね。どのスポーツにも、進化や成長や勝利を目指して努力を重ねているプレーヤーがいます。練習環境の改善や、より良い努力の方法を模索しているプレーヤーは山といるはずです。ということは、フィールドフォースがお役立ちできる余地も十分にある。私はそう踏んでいます。
要するに『プレーヤーの真の力になる』という経営理念は、野球競技を外れてもブレはしないのです。もちろん、フィールドフォースは野球用具メーカーである、という根底は不変。何でも作るという、スポーツ用品の総合メーカーを目指したいわけでもありません。
社を先導していく企画開発会議において、私はそれらの答え(意見)を言う前に、あえて社内でアンケートを取りました。
『自社の強みは何ですか?』『その強みをさらに生かす方法はありませんか?』
答えは100項目以上、集まったと思います。中でも相当数の重複があったのが、トレーニングギアの開発・製造における「技術を生かす」というものでした。
そしてそれらのアンケート結果も、企画開発会議で精査。私はさらに、大手企業の富士フイルムが大胆な事業転換によって成功した例を紹介しました。
詳細は割愛しますが、「富士フイルム社の成功」とはこういうものです。デジタルカメラやカメラ付携帯電話の普及により、写真機やフイルムの製造と販売をしていた同社の業績は急激に落ち込み、数千人規模のリストラも敢行。一方で、薬品などを扱う既存の写真技術を医療やヘルスケアなど新たな分野へ活用することで、大きな危機を免れて再発展し、今日がある。
もっと詳しい資料や情報は、私から全社員に向けて発信しました。その上で、企画開発会議では、先に記したような「新規事業の必要性とその理由」を私から話しました。
こうして半年以上の時間もかけながら、最終的には全会一致で、ゴーサインとなったのが「ギアフォース プロジェクト」。新たなこのタスクは、明確にゴールを設定しているわけではありません。野球を含む全国各地のスポーツプレーヤーたちに寄り添い、トレーニングギアというもので少しでもお役立ちをしていく。そういう取り組みが、やがてはブランドの知名度やイメージも引き上げてくれるはず。私はそう信じています。
また、社の仲間たちが同じ方向を向いて早くも動き始めてくれています。彼ら彼女らが私にとっての「フォース」であることは、言うまでもありません。
(吉村尚記)